負けず嫌いの短所を知り長所を活かす

負けず嫌いすぎる自分に辛くなってきていませんか。

こんにちは。まさふみ(@msfm_blog)です。
突然ですが、僕は根っからの負けず嫌いです。

高校を卒業したときに、部活の顧問から書かれた色紙へのメッセージに、このように書かれていたほどです。
「まさふみは普段、静かだけど、実はめちゃくちゃ負けず嫌いであることを知っています。」

…そうなんですね。自分の中だけで抑えきれず、外側にまで勝ちたいオーラがあふれ出ているほどの負けず嫌いです。

ところで、負けず嫌いな性格って、時に自分を辛くしてしまいませんか?

「勝負にこだわりすぎるがゆえに、逆に勝利に向かって行動できない」というジレンマを抱えてしまったり。
「おまえっていきなりすねたりキレたりするよな。」って友達に怒られたり。

要するに、負けず嫌いな性格が、自分を結果にコミットさせたりだとか、
いい方向に働いているうちはいいんですが。

逆に、負けず嫌いな性格が暴走して空回りするようになってしまうと、
だんだん自分が辛くなってきてしまいます。

今日のブログでは、「負けず嫌い」が「負けず嫌い」であるがゆえの短所に振り回されない方法。
そして、「負けず嫌い」であることの長所を活かして生きる方法について書いていきたいと思います。

負けず嫌いの短所「些細な勝ち負けにまでこだわる」

あのバスケの神様マイケル・ジョーダンは、
飛行機の機内で行われるちょっとしたゲームで負けてしまったことにブチ切れして、
そのゲームで勝つまで永遠とプレーし続けたという逸話があるそうです。笑

あるいは、バスケの万年補欠の補欠まさふみは、
高校生のときに体育の授業で剣道をしていてブチ切れしてしまったことがあります。

その日は、1学期の集大成として、クラスの男子全員で剣道のトーナメントをしていたんですよ。
僕は結果として、2回戦で敗退してしまったんですが、
負けず嫌いとしてはそのことにまったく納得がいかないんです。

体育の授業が終わっても、周りの友人に対して、
「おれはトーナメント表の運が悪かっただけだ。本当ならもっと上までいけた。」
…みたいな言い訳を永遠とブツブツ話していたわけです。

たちの悪い負けず嫌いの典型ですね。

そんな態度を取り続けていると、友達が「言い訳はいいから(正論)」みたいなことを言ってきて、
図星を突かれた自分は今度はすねはじめます。

すると、そんな自分を見かねた友人に
「おまえってさ、いきなりキレたりすねたりするよな。情緒不安定すぎ。」
と言われてしまいました・・・。

違うんです。情緒不安定じゃないんです。ただ、負けず嫌いなだけなんです…。

このように、負けず嫌いが過ぎると、
周りの人たちにとってめんどくさい存在になってしまいます。
自分としても、負けず嫌いがゆえに周囲の人間とうまくやれない苦痛は辛いものですよね。

でも、このパターン(負けず嫌いがゆえに人とうまくやれない)ってかなり世の中にありふれていると思うんですよ。
会話の主導権を握りたいとか、マウンティング(相手より優位に立とうとすること)とか、知ったかぶりとか、自慢とか、
そういう人づきあいにおけるメンドクサさの根源って、元をただせばすべて「負けず嫌い」であることじゃないでしょうか?

さて、このように、負けず嫌いな自分の性格に振り回されて、他人に対してメンドクサい人になっちゃってる自分がいるとします。
そういう人におススメしたい方法がコレです。

「大局を見る。」

つまり、もっとデッカイ勝ち負けにおいてのみ執着するということです。

生まれつきの負けず嫌いに、負けず嫌いをやめろ、勝ち負けにこだわるのをやめろというのはムリな話です。

そのかわり、些細な勝ち負けにこだわるのはやめて、
大局的な視点で、大きな勝利にのみこだわっていこうよということです。

例えば、友人と一緒にいった合コン。
友人ばかりが女の子に対して、自分の仕事やら経歴やら趣味やらを自慢しまくっているとします。
当然、負けず嫌いなら、自分のことも自慢してしまいたい気持ちがフツフツと湧いてくることでしょう。

いつもならそんな些細な勝負にもノッてしまう自分がいるが、
ここで「ちょっと待てよ。」と考えてみる。

この場における、もっとスケールの大きい勝利とは何か…?
友達との自慢合戦に勝つことだろうか!?

いや違う、目の前にいる女の子に好かれ、アドレスをゲットすることじゃないか。
…というふうに考えます。

すると、その途端に自分に余裕が生まれますよね。

「自慢?どうぞやってください。女に好かれるためには、自分の口を閉じることなのさ。
そんな自分の自慢ばっかしちゃってさ。アツいぜ。もっとクールになることがここでは肝心なのさ。」

勝ち負けにこだわっていることは同じですが、余裕があるという点が違います。

もちろん、友人がある特定の女の子について、
「どっちが好かれるか」みたいな勝ち負けに誘ってきたら、
そのときも自分はもっと大きな勝ち負けにコミットします。

「俺の野望?俺の野望はこの場でその女一人に好かれることよりも、
もっと数百人におけるレディたちに好かれることなのさ。
今日はあくまで研究さ。アツくなったらここで学べることも学べなくなってしまう。
クールになろう。この世に女性は何人いると思ってるの…?35億。」

…みたいな余裕を醸し出すことができるようになります。

些細な勝ち負けにこだわって、自分がめんどくさい人になりそうになったら、
待てよ。自分はもっと大きな勝ち負けにさえこだわっていればいいんだ。と考えてみてください。
すると、とりあえずその場の行動には余裕が生まれるはずです。

 

僕は、エセ宗教とかエセスピリチュアルとかにハマる人も、相当負けず嫌いな人が多いんじゃないかって思ってます。
彼らはよく言いますよね。「あの人たちは意識レベルが低い」とかって。

あれも、些細な勝ち負けへのこだわりは捨てて、
「意識レベル」とかいう壮大なドリームの中での勝ち負けのみにこだわることによって心の平安を生み出してるんじゃないでしょうか。
…なんて分析しています。笑

負けず嫌いの長所「本当に大切な勝負の勝ち負けにのみ集中すると強い」

負けず嫌いの短所は、些細な勝ち負けにこだわってしまうことです。
そして、負けず嫌いの長所は、本当に大事な勝ち負けにのみこだわることによって、そこに全力投球できること。

マイケル・ジョーダンが、1本シュートをブロックされたり、誰かにディフェンスを抜かれたりするたびに、
オウマイガーっていってブチ切れしてたらどうなりますか。肝心な試合に勝てなくなりますよね。

マイケルジョーダンの名言に、こういった言葉があります。

才能で試合に勝つことはできる、だがチームワークと知性は優勝に導くんだ。

自分が好き勝手にプレーすることによって、勝てる試合もある。
しかし、それで優勝することは難しい。だからこそ、チームプレーに徹するんだと。

これぞ、最高の負けず嫌いのセリフです。しかし、何ら問題のないセリフですよね。

負けず嫌いは、些細な物事の勝ち負けにこだわりすぎると、ただのメンドクサい人になりがちです。
しかし、大局を見て、もっと大きなスケールにおける勝利、本当に大切な勝負における勝ち負けのみに集中すると、
むしろ余計なことに囚われずに最高のパフォーマンスを発揮できるのです。

バスケにおいて、1on1の勝ち負けよりもっと大きな勝ち負けは、試合に勝つこと。
そして試合に勝つことより大きな勝ち負けは、優勝することです。
だから、優勝することのみにフォーカスする。

負けず嫌い的には、一番大きな勝ち負け、自分にとって大切な勝ち負けにおいてのみ勝利できれば、それでいいんですからね。笑

負けず嫌いで空回りしている人は得点表ばかり見ている。ボールを見ろ。

テニスの試合でもバレーの試合でも、得点表ばかり見ていると負けてしまいます。
些細な勝ち負けにこだわっている人は、得点表ばかり見ている人です。

得点表の動きに一喜一憂してばかりで、コートを飛び交っているボールには目もくれない。

でも、本当に大切なのは、ボールの動きを見ることですよね。

負けず嫌いに考えてほしいのは、「自分にとってのボールってなんだろう?」ということ。

自分にとって、本当に大切なこと、本質的なことに目を向ければ向けるほど、負けず嫌いという性格は光り輝くんです。

 

負けず嫌いという性格を活かす方法。まとめると…

・負けず嫌いは、「些細な勝ち負け」にまでこだわり始めると、めんどくさい人になる。
・負けず嫌いは、「自分にとって本当に大切な勝ち負け」のみに集中すると、光り輝く人になる。

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